柔らかい目 より豊かな暮らしを実現する質の高い移動
<2013年10月作成>
実感ある豊かな生活を求める議論が活発化
日本は世界的に豊かな国として知られています。第二次世界大戦の敗戦の後、目覚しい経済発展を遂げました。けれども、長い間、大きな課題を抱えてきました。生活するには困らない十分なお金と、もしかすると十分すぎるほどのものを手に入れているのに、多くの日本人はその豊かな生活を実感することが出来ないのです。マザーテレサは1981年の初来日の時に、日本に一つの提言を行いました。「日本は物質的に豊かですが、精神的に貧しいです。日本が救わなくてはならないのは、インドなどの物質的に貧しい国ではなく、日本自身です」というように。この提言は日本に大きな衝撃を与えました。彼女の訪問からすでに32年が経過しました。でも、日本はずっと“心の貧しさ”を解決する方法を見出せずにいます。
ようやく最近になって、実感ある豊かさの実現に向けた議論が活発化しています。家族のあり方が大規模家族から単身へと移って、個人の孤立が社会問題化してきたこと。また、社会の優先順位が集団の秩序から個々人の多様な生き方の尊重へ移行したこと。そして、2011年に発生した東日本大震災で、津波が物質文明や人々の営みを一瞬にして破壊したされるのを目の当たりにしました。人々は心の安住を求めて、くらしには何が重要か日常生活を見直しました。また、国も政策の見直しを行いました。国民のくらしの変化に対応することをデースにし、省内の同分野間や省庁間の連携を深めて、持続可能な社会の実現に向けて動き出したのです。
■それでは、どのように日本は実感のある豊かな生活を実現するのでしょうか
他国に類を見ない課題を新たな発想で解く
原発事故と東日本大震災への対応や、人口減少社会(少子化と急激な高齢化)、経済のグローバル化、失われた20年といわれている長期的な景気の低迷、そして、慢性的な国内需要の低迷などの問題が山積しています。これまでは他の国の例を応用するかたちで近代国家を形成してきました。ですが、これからは他国に類を見ない問題を抱える課題国家として、先駆的な解決策や新たな産業を生み出す世界のリーダーとしての役割が問われているのです。
生活を変える人口密度の低下と世帯規模・収入の縮小 一人ひとりの移動距離が伸びる
これからの人口減少社会において、生活に大きく影響し、生活の質を低下させる要因となるのが、都市の密度と世帯規模・収入の低下といわれています。これまで同様の生活水準を維持しようとすると、個々人の移動距離が大きく伸びることが予測されます。
国立社会保障・人口問題研究所は2012年1月に将来人口推計を公表した。2030年に1億1,662万人、2048年には9,913万人、2060年には8,674万人になると推計しています。もうすでに、人口減少は地方都市だけではなくて、首都圏などの大都市でも始まっています。大都市では郊外から縮小傾向にあります。これまで、人口増加を補うため、都市を郊外へと拡大し居住地を開発してきました。なので、人口減少や高齢化を見据えた開発は少なく、都市を縮小する備えが出来ていないのです。すでに人口減少が始まっている小規模地方都市で顕著なように、クルマを保有または運転の出来ない高齢者は買い物に行けず、都市は都市機能を維持できなくなるなどの問題(=都市密度低下問題)が地方都市だけではなくて、大都市においても起こる恐れがあります。
どこのエリアにどれくらいの人口が住んでいるかによって、都市機能の充実や店舗の出店が展開されています。人口密度と都市機能はそれほど密接なのです。将来人口推計から分かるように、人口増加期と同じ人口密度を維持することは難しいです。都市密度が低下する社会では、これまでと同じ居住地で生活水準を維持しようとなると、より遠くへ足を伸ばさないといけない、または、宅配サービスなど自宅にいながら受けるサービスを利用する必要が出てくるのです。
世帯規模・収入の減少で増える孤立者
将来人口推計によると、今後も年少人口と生産年齢人口は減少が続いて、2060年には高齢者率は40%近い水準となると推計されています。合計特殊出生率は長期的に1.35前後で推移し、平均寿命は今後さらに伸長して、2060年には男性84.19歳、女性が90.93歳に到達すると見込まれています。少子高齢化は多産多死から少産少死への転換によるので、先進国共通の減少ですが、日本は他国と比較しても急速に進展している状況にあります。そのため、生産人口における一人当たりの社会保障負担額が大きく増えています。家計を大きく圧迫する要因となっています。
また、少子化によって、大学の進学率が増加し、女性のライフコースが専業主婦志向から仕事と家庭の両立や非婚就業志向へと変化しました。それによって、晩婚化、未婚化、単身化が進んで、世帯規模も大規模世帯から単身世帯へとシフトしています。
このように少子高齢化は世帯規模・収入の縮小につながりっていて、これまでのような消費活動が行えないだけではなくて、相互扶助が働かなくなります。そのため、購入・保有に変わって、一人一人が孤立せずに、これまでと同じ生活の水準を維持出来る、もしくはより良い生活を実現できる政策の実施や商品・サービスの提供が求められています。
個々人の移動の再考とその質の向上が鍵
人口減少社会では、個々人の移動距離の増加、世帯収入の低下と個々人の孤立が進みます。この課題を解決して、一人ひとりが実感出来る豊かな生活を実現するために何が必要なのでしょうか。個々人の移動を徹底的に再考して、社会が抱えるあらゆる諸課題についても解決へ導こうとする動きが活発化しています。この個々人の移動を再考する動き、つまり移動需要の拡大に伴って、新たな成長産業が形成しています。
個の心身に立脚した魅力ある移動がツボ
それでは、社会はどのように個々人の移動の質を見直せば良いのでしょうか。まずは、人の単なるAからBの目的地移動のための輸送的発想ではなくて、個の身体や精神を基軸にした発想に切り替えることが重要となります。その移動を支える車両などのツールやサービスは、移動を誘発する装置、個を孤立させないためのコミュニケーションツールとしての装置、人々の身体機能を拡張・保管する装置などであることが必要となります。このような装置が人々の実感ある豊かな生活を実現するには、デザイン、機能性、サービス内容などは、人間の本能部分を刺激して、思わず動きたくなるような魅力的なものである必要があると言えます。
新産業はすでに動き出している
国土交通省は、新車両カテゴリーのガイドラインを平成24年度に発表しました。都市密度と世帯規模の縮小による生活の質低下を背景に、生まれた取組みです。市民の外出意欲を引き出し活発な移動を実現するだけではなくて、情報通信技術との連携やまちづくりとの一体を推進するなど、世界最高水準の未来交通の実現と新産業・新市場の創出を図る野心的な取組みです。
日本国内だけではなく、同様に少子高齢化に直面している国々で新たな産業は動き出しています。ドイツのメルセデスベンツは、移動サービスプロバイダーを目指して、情報通信技術を活用し、あらゆる移動を集めたプラットフォームの構築を進めています。ドイツ国内だけではなく、オーストリア、イギリス、アメリカなどでも関連サービスを開始しており、移動を国単位で捉えるのではなく、世界単位で捉えています。